平井先輩へのレクイエム

2011/09/25 03:32
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大学時代の軽音の先輩たちと懐かしの“きくや”に行きました。
今日は平井先輩のお別れ会。
先輩はもうこの世には居ないのです。
俄かに信じがたいけれど…。

私は大げさですがある使命を持ってこのお別れ会に参加しました。
先輩のご年代の軽音のアルバムがあるというのです。
数日前、平井先輩の奥様からそれが送られてきました。
平井先輩らしい…。

もともと鉄チャンだった先輩は写真が好きでした。
よく私も撮って頂いた記憶があります。
その後はvideoにも移行して、映像も随分撮って頂きました。

先輩と私との出会いは大学1年の時。
学部内の学生ホールの掲示板に

“KORG のデモンストレーター募集!
 03-XXX-XXXX(まだ9桁の時でした) 平井まで”

っと書いてあったのです。
私はすぐに電話をし、翌日の面接で採用されました。

デモ演の時期は割りと景気もよくいい時代でした。
2年も続けると不景気になり、アルバイトは減っていきました。
そして私はヒョンなきっかけから Jazz の勉強を始めました。

数年前、2005年だったか2006年だったか…。
平井先輩から HP 経由でメールが来ていました。

“音楽辞めないで続けていたんだね~。
 近いうちに会いに行きます”

そんな内容でした。

そして20年ぶりくらいで再会!!!
先輩少しも変わっていない。
人懐っこい笑顔も、喋り方も。
嫌味のないその少年のようなその雰囲気も。

何度か新宿のお店や銀座のお店に来てくださいました。
銀座のお店の時には長野で樵をしている要先輩にも会わせてくれました。
先輩有り難う。

しかしその日が突然やってきました。

何故?
でも何故???
あの日あの時、大町女史と一緒に新宿のお店に来てくれなかったのですか?
そうしたら、そうしたら、そうしたらきっと!!!!!

神に愛でられ早くに逝ってしまった平井先輩
ウクレレ買って持って行こうって言ったのに、間に合わなかった。
運命?
これが運命なのでしょうか?

事故から2ヶ月。
この短い間に2度もお見舞いに行けたのは奇跡なんですか?
そうですね。
2度も行けたことは私の幸せでした。

でももう少し
もう少し長生きして、私のあのコンサートを聴きに来て欲しかった。
欲張りですか?
望んではいけないことですか?
我侭ですか?
エゴですか?

どう思われてもいい。
生きていて欲しかった。
もう少し長く。

平井先輩は今夜きっと先輩方と一緒にお酒を、好きなお酒を飲んでいたでしょう。
先輩、物凄くたくさんの世民のメンバーが集まったのですよ。
先輩の綺麗に整理したアルバムはね、太郎さんに託しました。

先輩のご友人が沢山CDも買ってくれました。
先輩が縁付けてくれた大切なご縁。
これを大事に生きていきますね。
唄っていきますね。
だから…
私のこと

空の上

から見ていてくださいね。
さよならなんて言わない。

Till you meet again!




 JUNKO
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