歌詞の話…

2008/01/30 15:06
日本で『英語の歌』っを歌うという事に関しては本当に、色々な意見が有ります。
楽器の一部なんだから…』っという考え。
私も発音に拘りすぎて、『音楽』をお座なりにするのはどうかと思います。
音楽リズムだろう!!ってのが私の持論ですからね…。
リズムレスの音楽は余り好きではないのだと思います。
最もリズムの無い音楽なんてそんなには無いですから(笑)、リズムが揺れていて
ハッキリしない音楽がマズイって事です。

よくジャズの演奏家が、『ヴォーカリスト』の事を馬鹿にします。
音楽が解っていないので馬鹿にされるのではないだろうかと私は考えます。
確かにそう言う方も居るでしょう。これも事実ですね。
F』の前に何が来ると『F』にいきやすくなるのか?
とか循環コードって何なのか…とか。
』は決して独立した物ではなく、『音楽の一部』だと私は考えます。

話し変わって、演奏者に『歌詞も解らないで演奏している!』っと檄を飛ばした
ヴォーカリストがいます。
私の友人ですが!!大したもんだと思いました。
逆に演奏者で『この曲の歌詞を教えて下さい』っと或るトランペッターから
言われた事が有ります。
彼も共演者の1人ですが、凄いと思いました!
歌詞』を大切に『音楽を演奏する』って考えも有りますね。
誰だったか或る有名なサックス奏者が、レコーディングなんだかLIVEなんだか、
急に吹けなくなったのだそうです。
彼はその後一言…『歌詞を忘れちゃったよ!』っといったんだとか!!
それを思い出しました。
眉唾かもしれないし、言い訳かもしれませんが、
それが逸話として残っているってことが凄い!!!っと思っちゃいますね!!

私が今、これらを思い返して考える事は、『完璧』では無くとも、
ちゃんと』しなきゃって事ですね。
私は2005年9月にNYでレコーディングしてきて、日本に帰ったら直すべき修正点を
いくつか見つけてきましたが、その中に『発音』も
含まれていましたからね。
これらの修正点は、今後のCDに向けて勉強し直していきたいと思います。
一生勉強ですからね!頑張ります!!
     JUNKO

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亡くなった父に寄せて…      (02/08/2005)

2008/01/29 14:53
これは2005年8月2日にHPの掲示板に書いたものです。 
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俗名 海老原久六(ひさむ) 私のですが2005年7月15日午後10時39分に
肺炎の為この世を去りました。
享年80歳でした。
通夜と告別式は無事に終わりましたのでやっと皆様にお伝えできます。

は6年間寝込んでいました。。。
73歳まで現役で働き、元気で、酒も飲まず、ギャンブルもやらず
ただ家族のために一生懸命働いてくれました。

知識欲の旺盛なには何を聞いても答えが帰ってこない事がないほどでした…。
何か聞くたびに
『おまえ達は大学まで出してやったのに何にも知らないんだな』
っと笑って答えてくれました。

趣味とは言え、書道は師範、漢詩を作り、てん刻(雅号等を彫ります)、
観世流の謡い、仕舞い。

の作った漢詩がこのたび何作か出てきて、葬儀委員長をやってくださった
の同業者、小林繁先生が詩吟にして七七日忌の法要に披露して下さるそうです。

が好きでした。とても尊敬していました。
これからは父に恥じないようによりしっかり生きていきたいと思います。

私の書いた”I Wish~私の願い”の歌詞を告別式のとき棺に入れました。
あのをちゃんとした形で父に聞かせることが出来なかった事は
本当に残念でなりません。

LIVEでは少しの間、あのは封印いたします。
いくら私でも泣かずには歌えないと思うので…。。。
     JUNKO

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