石神井公園 ~ 照姫まつり!?

2008/04/28 10:22
昨日はいい日でしたね。
寝不足だったけれど朝起きてお布団干して、、、
お日様の匂いのする干したてのお布団で素敵な夢を見て。。。。。


久しぶりにゆったりと寛いだ一日を送りました。
気持ちが充実し、『満ちている!』って実感がありました。
こんな時人は、誰にでも優しくなれますね。


毎日こうだったら素敵ですね。
そう有りたいですね。
頑張ろうっと!!


さて、あまりに天気が良くて気持ちが良いので
久々に石神井公園を散歩してきました。
やけに人が多く、最初は日曜日だからかなぁ?っと思ったのですが違いました。


石神井公園はお祭りでした。 照姫まつり。
照姫とは室町時代の伝説上の女性で、
石神井城(東京都練馬区)城主豊島泰経の二女だったとか…。
伝説はこうです。


豊島氏は桓武平氏の流れをくむ平安時代以来の武蔵国の名族。
文明9年(1477年)4月、当主豊島泰経は江戸城主太田道灌との
江古田・沼袋原の戦いで敗れ、
舎弟の平塚城主泰明をはじめ多くの家来が討ち死にしました。


泰経は居城石神井城へ逃れ、道灌は愛宕山に陣を置き石神井城を包囲しました。
4月28日、道灌は総攻撃をしかけ、落城の刻が迫りました。


泰経は豊島氏重代の家宝「金の乗鞍」を雪のごとき白馬に置き、
これにまたがって城の背後の崖に登り、
道灌の兵たちが見守る中で白馬とともに崖から飛び降りて
三宝寺池に身を沈めたそうです。


泰経には照姫という美しい二女がいました。
照姫は父の死を悲しみ、父を追って三宝寺池に身を投げたといわれています。
文武の名将道灌はこれを憐れみ、照姫の亡骸を弔って塚を築いたそうです。


この塚はいつしか姫塚と呼ばれ、
そのそばに立つ老松に登ると池の底に泰経とともに
沈んだ金の鞍が燦然と輝いているのが見えると云い伝えられました。
この松の木は照日の松と呼ばれています。


しかし実際泰経は石神井城落城の時には死んでいないので、
その姫が悲嘆にくれて後を追うわけもなく、
照姫の哀話は伝説とされています。
照姫にあたる女性も豊島氏関連の系図類には存在しないそうです。


伝説上の人物だったのですね。
知らないで姫塚を拝んでました。
でもちょっぴりおセンチな伝説で素敵!


ここに住んでまる3年が過ぎようとしています。
いつも思います。
私の生まれた町-足利に似ているなぁって。。。
この辺りも寺社が多く、のんびりしていてちょっと東京じゃないみたい!


照姫の姫塚が石神井なら、織姫の織姫山が足利。
私の実家のすぐそばに登り口が有ります。
足利に居た時はいつもこの山から初日の出を拝みましたねぇ。


昨日は公園で素敵な集団にも会いました。
080427_1632~0001石神井公園で音楽を楽しむ方々
皆さんでペルーの音楽を演奏していました。
♪コンドルは飛んでいくや
♪花祭りなどは私でも知っていますからね、かなり楽しめました。


石神井公園での素敵な休日でした。
  JUNKO
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